南極 日本 嫌がらせ

南極大陸と南極海からなる。南極大陸は、地球上で最も寒冷な地域の一つであり、およそ3000万年の間降り積もった雪が溶けずに1000~2000メートルの厚い氷の層となった氷雪(氷床)に覆われ一部の沿岸地区の地衣類を除き、植生はほとんどない。 陸地はほとんど氷床下にあり、露岩地区は少ない。 TIME & SPACEKDDIがお届けするIT ✕ カルチャーマガジンCOPYRIGHT © KDDI CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED.さん この島は南極大陸とは海氷で繋がっており、表面の氷が解ける夏を除いて歩いて渡れます。日本との時差は6時間あります。昭和基地には、気象観測を行うための気象棟があり、気象隊員が常駐して様々な観測やデータ処理を行っています。 荒天が続くと、この棟に泊まり込みで観測を継続します。昭和基地周辺で実施している様々な観測データを気象棟で監視するとともに、目視で天気や視程を観測しています。 至るところで見ることができたというアデリーペンギンの群れ。時折、昭和基地に迷い込んでくることもソフトボールを楽しむ隊員たち。打球を追って周辺のクラック(雪面の亀裂)に落下する事故を防ぐため、「ホームラン禁止」の昭和基地ルールが適用される。ラインはかき氷のシロップで引いて、試合が終わったら皆で食べてしまうのも、「環境に何も残さない」ための知恵魚釣りもオフの日の楽しみのひとつ。氷に穴をあけて釣った魚は、釣り上げるとすぐに凍ってしまうので、基地に持ち帰って天ぷらに。屋外では気温が低すぎるためお湯を沸かすこともできず、調理するのは無理だという「一番のレクリエーションは天気のいい休日に皆で出掛ける遠足でした」と濱田は当時を懐かしむ。そんな外出時に背負うリュックには遭難した時に備えて非常食と装備が詰まっているし、万一の時には互いに助け合えるよう、全員が赴任前に救命技能の認定証を取得している。穏やかに見えても南極はいつも危険と隣り合わせの場所だ。2015年2月1日、第55次越冬隊は第56次越冬隊に昭和基地の運用を引き継ぐ「越冬交代」を行い、濱田の南極での業務は終了した。南極を離れ、日本に戻ってきた濱田は、「ひとりで何でもやらなくてはいけない南極という環境で、自分の可能性が広がった」と感じるとともに、「KDDIの社員として衛星通信を1年間保守しながら、ユーザーとしてそのありがたみも実感しました」と振り返る。「衛星通信はまさしく"世界中に笑顔を届ける"ものだと感じました。その提供の一端を担って、衛星通信の便利さをお客さまに提供していきたいし、自分の経験を会社の同期や後輩にも伝えていきたい」と語った。今年も、そして来年も、KDDIの社員は南極越冬隊に参加し、ネットワークを守る。今日もKDDIのインテルサットは、日本から14,000km離れた南極での観測活動を支えている。文:板垣朝子 撮影:稲田 平※掲載されたKDDIの商品・サービスに関する情報は、掲載日現在のものです。商品・サービスの料金、サービスの内容・仕様などの情報は予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。メンバーになってもっと登録すると楽しいコトたくさん!TIME&SPACEで話題のアイテムのプレゼントや記事の取材同行企画、メンバー限定イベントへのご招待などお得なサービスがいっぱい! 上の写真では53次気象隊員がブリューワー分光光度計の整備をしています。日本が南極に設置した基地は、現在運用している昭和基地のほかに、ドームふじ基地、みずほ基地、あすか基地があります。気象隊員も、仕事以外は通路でつながった基地中心部で生活しています。基地中心部には個人の居室や食堂、風呂、図書室などの設備が整っています。 2015/05/28KDDIの社員は世界のさまざまな場所で活躍しているが、恐らく一番遠い赴任地は、人が日常生活をおくる地域とは全く違う環境での経験について、第55次南極越冬隊員として昭和基地に派遣された濱田彬裕に話を聞いた。濱田が南極越冬隊への派遣があることを知ったのは、入社後の面談の席だった。その時には南極に興味は持ったが、「自分が行きたい」という気持ちにまでは至らなかった。運用本部でau携帯電話サービスの基地局保守運用を担当していた濱田が応募を考え始めたきっかけは、入社から3年目に同じ部署に南極越冬隊OBの先輩が配属されたことだった。「南極は寒いけれど、自然は素晴らしいしオーロラも見られる」「業務はKDDIの代表として派遣されるので、何でもひとりでこなさなくてはならず、求められるものは大きい」。そうした話を聞くうちに、「自分がどこまでひとりでやれるのかを試したい」という思いが大きくなったという。とはいえ、「南極越冬隊」は単なる海外赴任とは違う。まず、日本から昭和基地までは、オーストラリアまで空路で移動した後、濱田の参加した第55次越冬隊は2013年11月下旬に日本を出発し、昭和基地に12月末に到着した。「オーストラリアの南の暴風圏を通過する時は、船室に備え付けの椅子が部屋の端から端まで飛ぶぐらいに揺れます。船酔いもひどいですが、1カ月半乗っていれば慣れるもので、逆に到着後は"陸(おか)酔い"に1週間ぐらい悩まされました」(濱田)。夏の間は人も多くにぎやかな昭和基地だが、2月末に夏隊と前年の越冬隊のメンバーは「しらせ」と共に帰国した。第55次南極越冬隊24名の長い南極生活が始まった。南極越冬隊には大きく分けて2つの業務がある。ひとつはもうひとつの業務が、観測事業をする人が過酷な南極で生きていくために、水や電気や食事などを作ることで支援するKDDIが提供している衛星通信設備が設置された「インテルシェルター」が、南極における濱田の職場となった昭和基地のネットワークは、インテルサット衛星通信によって昭和基地からインターネットへの接続は極地研を通して行っており、昭和基地のネットワークの最も重要な役割は、データ通信だけでなく、インテルサット衛星が使えるようになったことで、電話はつながりやすくなり、国内通話と同じ料金で電話ができるようになった。それまではインマルサット衛星やイリジウム衛星を使った国際衛星回線を使っていたため、電話代にはかなり気を使ったそうだ。インターネットが使えても、音声通話アプリは、データ通信の帯域を圧迫するので使用が制限されている。南極には昭和基地の他に、みずほ基地、あすか基地、ドーム富士などがあるが、常時インターネットが使えるのは昭和基地だけで、他の拠点にはネットワーク環境は無い。他の拠点に出向く場合は、インマルサット基地局やイリジウム携帯を持参して使用する。これらの衛星通信設備の保守も濱田の仕事だ。設営部隊には濱田の他に、料理人、医師、水を作る人、発電機を運用する人、車両を修理する人など、さまざまな分野の担当者が合計13名いる。公募で選ばれる医師、料理人、庶務担当者、野外活動支援者以外は濱田と同様、企業や団体などから派遣されている。さまざまな役割はあるが、越冬隊の冬の重要ミッションは「冬季の除雪」だ。ブリザードが来れば、放っておくと基地が埋まってしまい、機能を停止してしまう。そうならないための越冬隊なので、7月から8月の一番寒い時期は役割に関係なくほぼすべての隊員が協力し、雪上車やスコップで除雪作業を行う。除雪作業がない時期は、部門によって屋内作業の人もいれば屋外作業の人もいて、それぞれが作業を行っている。「インテルサット担当はどちらかといえばインドア派で、屋内でネットワークの状態を監視していることが多かったです」(濱田)。だが、ひとたび障害が発生すれば、様相は一変する。インテルシェルターは昭和基地から500メートルほど離れた場所にあるため、機器故障ということになればそこまで移動しなくてはいけない。隊員にしてみれば、ブリザードの最中で何もできないときこそ、ゆっくりインターネットやメール、電話などができる、貴重な息抜きの時間だ。それが使えないということは大きなフラストレーションになり、濱田にぶつけられることになる。「野菜が食べられないことや寒いことよりも、それが辛かった。でも、インテルシェルターまでの移動に付き添ってくれる(※遭難防止のために、屋外作業時には必ず2人組で行動することになっている)のはありがたかったし、つながるようになったら皆から『ありがとう』とお礼を言われるのはうれしかったです」濱田が赴任前に担当していた国内での運用業務は、基本的にリモート保守でソフトウェア的に対処できたが、昭和基地で発生する障害はハードウェアそのものが故障する場合も多い。インテルシェルター内の気温は摂氏17度から20度に保たれているものの、設備が10年前のものと古く、かつ電気も発電機で起こした不安定な電流であり、機器が壊れやすい環境だ。出来る限り対策をしていても、いつ壊れるか分からない。対処法を調べようにも、そもそも障害中はネットワークがつながらないので、ネットで検索もできない。文字通りすべてをひとりで解決するしかないのだ。「壊れないでほしいと祈っていましたが、結局、滞在中10回以上の故障に見舞われました。未経験だったハードウェア保守については、赴任前に山口(KDDI山口衛星通信所)で受けた訓練がなければ対処できなかったと思います。まさに、自分の力が試されていました」という濱田。インマルサット衛星電話で山口に助けを求めたこともあったが、多くは自力でトラブルを乗り切った。辛いこともあった南極だが、楽しみもまた多かった。昭和基地にやってくるかわいい

日本への嫌がらせが1つ減ったということは『テロ等準備罪』を成立させた意味があったと言えるでしょうか。 sqboe 2017-08-31 20:21 シー・シェパードが南極海での2017年の妨害行為断念を発表も、マスコミは「テロ等準備罪の設立」を断念理由から外して報じる ご協力ありがとうございました。 南極昭和基地の場所. 昭和基地は日本から直線距離で約14,000km離れたリュツォ・ホルム湾東岸、南極大陸氷縁から西に4kmの東オングル島に位置しています。 越冬隊員にはそれぞれ4畳半の広さの個室が貸与されます。 あわせて、天気図や集めた観測値を解析して、屋外活動に必要な気象情報を観測隊員に提供しています。 食事中の53次気象隊員。昭和基地のお風呂です。お湯は循環式で発電機の熱を利用して温めており、節水、省エネです。 南極大陸には日本の基地が4つあります。昭和基地、あすか基地、みずほ基地、ドームふじ基地。それぞれどういう役割をしているのですか?南極条約失効の際に、領有権を主張できるように。敗戦影響で日本はそれを主張しない事にしています 南極大陸にはエルスワース山脈と呼ばれる山々があり、そのなかの最高峰であるヴィンソン・マシフという山は標高4892m。実に富士山よりも1000mも高い山なのです。 大陸があり地形の起伏があることも南極の寒さに関係していると考えられています。 昭和基地は日本から直線距離で約14,000km離れたリュツォ・ホルム湾東岸、南極大陸氷縁から西に4kmの東オングル島に位置しています。 この島は南極大陸とは海氷で繋がっており、表面の氷が解ける夏を除いて歩いて渡れます。