スカーレット 脚本 水橋
朝ドラ「スカーレット」最終回 喜美子と八郎「好きがこぼれてる」10年ぶり“敬語”再会シーンの秘話 から続く ついに最終回を迎えたNHK連続テレビ小説「スカーレット」は、主人公の川原喜美子(戸田恵梨香)が陶芸家になるまでの道のりを描くと同時に、同じく陶芸家の夫・八郎(松下洸平)との「同業者夫婦」の物語でもあった。2人のすれ違い、衝撃的だった八郎の「僕にとって喜美子は女や」発言をとことん描いた理由について、脚本家の水橋文美江さんに伺った。(全3回の2回目。 #1 、 #3 へ)◆――「穴窯」(*1)をめぐって起きる喜美子と八郎の同業者同士の衝突とすれ違いに、それまで2人の絆を見守ってきたファンは騒然としました。水橋 ヒロインが戸田恵梨香さんに正式決定する前から、プロデューサーの内田ゆきさんと話していたのは、同業者の夫婦がうまくいかなくなる様を描くのは面白いのでは? ということです。結婚して夫婦揃って陶芸家になるけど、妻の才能が秀でていることで夫とのすれ違いが生まれる……。もともと、そういったところを描きましょう、描きたいねと言ってたんです。*1 喜美子は望む焼き色を出すため、「穴窯」方式の作陶に取り組むが、薪代をまかなうために借金までしている。窯焚きの失敗は6回に及ぶが、このまま失敗が続けばこれまでの投資が水泡に帰すばかりか、窯が崩れ落ちて家に火が燃え移り、火事になってしまうかもしれない。諦めずに試行錯誤を重ねて、次は2週間も1150度の窯焚きを行おうとする喜美子に対し、堪忍袋の緒が切れたとばかりに、八郎の次のセリフへとつながる。――八郎が放つ「前に言うたな。同じ陶芸家やのになんで気持ちわかれへんのって。僕にとって喜美子は女や。陶芸家やない。ずっと男と女やった。これまでも、これからも。危ないことせんといてほしい」というセリフはたいへんショックでした(104話、2月4日放送)。水橋 意図的に、八郎には絶対に言わせなかった言葉があって。「嫉妬」という言葉だけは使わなかったんです。「嫉妬」という言葉を使うと、それだけが独り歩きすると思ったんです。「喜美子の才能に嫉妬している」ということを、いかに表現を変えて伝えるか。八郎が、かわはら工房に弟子入りした三津(黒島結菜)に、「喜美子に横におられんのは、しんどいなあ」と言うのも嫉妬なんです。そういう彼の発言はすべて嫉妬から来ている。男のプライドを八郎自身が別の言葉に変換して語っているように、私は書きました。八郎を演じた松下洸平さんも嫉妬の気持ちがあったんだろうということはわかってらしたと思います。――でも、あのセリフを愛情表現だと捉えている人もいたようです。「危ないことせんといてほしい」というのは八郎の優しさではないかと。水橋 優しさもありますけど。松下さんが柔らかい八郎を作ってくださったこともあるし、私も彼を悪くしないように書いたのもあるんですけど、やっぱり昭和の男ですからね。あの時代に夫婦で同じ仕事をやっていて、奥さんのほうが才能あるのって旦那にとって面白いわけがないんですよ。八郎の場合はお婿さんという背景もありますし。本当のところは複雑な思いがあるというか、根底には嫉妬が消えてない(笑)。――やはり、愛情というよりも嫉妬のほうが大きかった?水橋 八郎には男くさいところもあったはずなんで、絶対に悔しいんだとは思うんですよね。ちょっとわかりにくかったかもしれないけど、あの「喜美子は女や」のシーンは八郎が川原家から出て行ってから1年が経っているんです。何度も失敗を重ねた後、もう一度喜美子が穴窯に挑戦するというところで、八郎には「まだ凝りてなかったのか」とか「僕が出て行っても追いかけてこなかった」とか、男のいやらしい部分もあったと思うんです。 だけど、それをかろうじて飲み込む。それはやっぱり喜美子のことが好きなんで。だからこそ「僕を頼ってほしい」と思ったと思うし、「穴窯より僕のほうに来てほしい」という気持ちが拭いきれなくて、それをどう伝えようかと考えた挙げ句、「僕はお前のことが好きなんだ」と言った時に喜美子から「好きという思い」が返ってくるかどうか、賭けた。そういう意味では最後のプロポーズですよね。一筋縄ではいかない複雑な感情をセリフの背景にのせてしまったので、どこまで意図を理解して下さったか。違う考え方もあるかもしれないので、これはあくまでも私の考えということで(笑)。――時系列が少し前に戻るのですが、盤石に見えた喜美子と八郎の夫婦関係に初めて波風を立てる存在、弟子の三津と八郎の関係についても伺いたいです。喜美子がついに初めての火入れ、窯焚きに挑んでいる最中、2人も交代で夜を徹して火の番を手伝いますよね(97話、1月27日放送)。三津は八郎に想いを寄せていて、仮眠している八郎に思わずキスしようとする。三津に想いを告白させなかったのは、なぜでしょうか。水橋 「好き」という言葉を出そうとは考えなかったですね。そもそも八郎に浮気はさせないつもりでしたし、穴窯という新しい挑戦を前に、川原家に新しい風を吹かせる存在として三津を描いたんです。ただ、弟子入りした彼女が「喜美子さんは素晴らしい陶芸家だ」と思ううちに、「八郎さん素敵や」と八郎に惹かれるのも必然としてあるよね、と。あくまでもそういう惹かれ方で「好きだ」と口に出して言うレベルではなかったんだと思います。八郎を男として意識した瞬間に、「ここにはいられない」と出て行く女性として三津を作っていたので。 思わずキスしそうになるシーンがありますけど、実はそこにいたるまで長いト書きがあるんですよ。眠っている八郎を愛しいと思って、見つめて、思いが込み上げて、唇を思わず近づけてゆくという、黒島さんは難しい役をよくぞ頑張って演じてくれました。――不倫にするつもりがなかったというのは、もともと描きたかったものとトーンが変わってしまうということですか。水橋 そうですね。若い女の子が川原家の中へ入ってきたことで、喜美子と八郎が夫婦関係を見つめ直すような状況に置いてみる。そして2人が今まで言ったことのないことを言い合う。同業者同士のすれ違いを明確にしていくことが大事でした。――八郎と三津が寄り添って仮眠しているシーン、火の番をしていた喜美子は2人の様子を見てしまいます。その後もどんどん薪をくべるけど、窯焚きは上手くいきませんでした。炎と喜美子の精神状態がリンクしているようで切なくなりました。水橋 喜美子だってやっぱりまだ八郎に依存していたんですね。「穴窯」は本当に1人になって、「1人でやる」という強い決意を持って挑まないと、成功しなかった。やり遂げることが出来るまでの、そういうことを描きたかったところなんで。八郎が家を出て行く必要はなくて、一緒に穴窯をやればよかったじゃないかという意見もあると思うんです。でも一緒にやったらそれはもう喜美子の作品じゃないですよね、夫婦の作品になります。ものづくりとは、最後は孤独なものだから。穴窯に魅せられた喜美子の「業」でもあるでしょう。――なるほど……。「八郎は昭和の男だ」と言い切ってしまうこともできると思うんですが、なぜ喜美子を「女であり陶芸家でもある」と受け容れることができなかったのか。どうしてもそこが気になってしまいます。水橋 そこはやっぱり、八郎が喜美子に陶芸を教えていますからね。我が家の話になってしまいますが、うちも私が脚本家で夫が演出家(フジテレビのディレクターで映画監督でもある中江功氏)ですから、同業者夫婦みたいなものなんです。ただ、出会った頃は私のほうがすでに脚本家として自立していたのに対して、彼はまだADだったんですね。私のほうが収入も多かったし、家賃もほとんど私が出していた時期もありました(笑)。そういう格差がすでにある状態で夫婦になったので、私の仕事に対して今さら嫉妬とかなんてないだろうし、その後も平等に生きることができたのかも……と考えることがあるんですよ。 喜美子と八郎もそれぞれが自立していて、陶芸家として認められた同士で出会っていれば、違っていたと思うんです。でも、土もまったくひねったことのないところから出会った喜美子が、自分をどんどん追い越していくわけですから。それと同時に八郎は自分の作品づくりがうまくいかなくなるという、八郎の気持ちを思うと……。八郎だって完全な人間じゃないですし。なんといってもまだ若かったんですね。――周りには、喜美子と八郎のような状態に陥った同業者夫婦はいらっしゃいますか?水橋 「スカーレット」の取材で、陶芸家同士で一緒になったというご夫婦にお話を伺いました。奥さんのほうが「あなたは(陶芸家を辞めて)私の作品を売って」とご主人に言ったそうです。言われたご主人は「分かった」と。「陶芸家を『やめたくない』とは思わなかったんですか?」と尋ねたら、「明らかに、彼女のほうが才能があって、いい作品を作っていたから」と言っていました。もともと彼は展示会で売ったり仕切ったりするのが得意で、そういうことが好きだったという要素も大きかったようです。でも内心は相当の覚悟はあったのではないかと勝手に想像したんですけど。「陶芸はやっていないです」と仰っていて、それを聞いて、奥さんの作品づくりを支えることは、何かを捨てないと出来ないものなのかと思いました。写真=末永裕樹/文藝春秋【続き】 「スカーレット」脚本家・水橋文美江が「死ぬことよりも、どう生きたかを描こう」と決意するまで みずはし・ふみえ/石川県出身。中学生の頃から脚本を書き始め、フジテレビヤングシナリオ大賞への応募をきっかけに、1990年脚本家としてデビュー。NHK名古屋「創作ラジオドラマ脚本募集」佳作、橋田賞新人脚本賞を受賞。映画、ドラマの脚本を数多く手がける。作品に、テレビドラマ「夏子の酒」「妹よ」「みにくいアヒルの子」「ビギナー」(フジテレビ系)、「光とともに」「ホタルノヒカリ」「母になる」(日本テレビ系)、「つるかめ助産院」「みかづき」(NHK)など。夫は、フジテレビディレクターの中江功氏。  「スカーレット」脚本家・水橋文美江が「死ぬことよりも、どう生きたかを描こう」と決意するまで へ続く(平田 裕介)Facebook で「いいね」を押すと、似たようなストーリーをご覧いただけますサイトの全体的な評価をお聞かせください: